[かのかり妄想] 朝起きたら肺魚だった件

 ある朝、不安な夢から目を覚ますと、木ノ下和也は、自分が水の中にいることに気がついた。水中でも苦しくない。溺れることなく、何事もなく呼吸している。頭をちょっと持ち上げてみると、自分の部屋の天井が見える。周りを見回すと、水草などが見え、見覚えのあるペット(熱帯魚)たちが同じ水の中にいるのがわかった。手を動かしてみると、長いヒゲのようなヒレのような部分が動いた。

 

「なんだ、これは?」と思った。夢ではないようだ。確かにここは自分の部屋だ。あいかわらず、見慣れた壁に囲まれている。床には成人男性向けのDVDや雑誌、ティッシュペーパーなどが乱雑に置かれている。水槽では自分の熱帯魚(ペット)たちが泳いでいる。いつもと変わらない風景だ。が、一つ違うのは、自分の視点が水槽の中だという点だ。水槽の中にいるにもかかわらず、問題なく呼吸している。ペットたちを見ていると、肺魚だけがいないことに気づいた。「肺魚はどこにいったんだ? エサをあまりあげずにいたから逃げてしまったのか?」と和也は思った。和也は大学生だ。彼は水原千鶴という女性に恋している。その一方で更科瑠夏という女性と仮の付き合いをしている。先日、ヨガのチケットを千鶴に返そうとLINEを送ったが、既読スルーされてしまい、意気消沈していた。何もやる気が起きず、ここ数日ペットたちにエサをやるのをさぼっていた。

 

和也はふと、水槽のガラスに肺魚が映っていることに気づいた。

「あ、いたいた。肺魚は水槽の外にいるのか?」よく観察してみると肺魚はまるで鏡のように和也の動きに合わせて動いている。

「ゑ!?」「この水槽に映っている肺魚はオレなのか?」「オレ=肺魚?」

和也は状況が呑み込めなかったが、自分がいま置かれている状況についての思考を停止させた。

『あぁ、なんでオレは水原のことが好きになったんだろう。LINEを既読スルーされて、こんなにつらい思いをするくらいなら、水原を好きになったりしなければよかった。あのとき水原をレンタルしなければよかった。そう思ってしまうくらい辛い。麻美ちゃんにふられたときも辛かったけど、あの時は水原のことをレンタルして、言いたいこと言い合い、ばあちゃんのこともあってその後も何度もレンタルしているうちにいつのまにか水原のことを好きになって、彼女を支えたいって思うようになったんだ。麻美ちゃんのことはいつの間にか吹っ切れたけど、それは水原のおかげだと言える。今回はどうしたらいいんだー。いっそのこと瑠夏ちゃんと正式に付き合えば、水原へのこの想いも吹っ切れるのか?いやいやいや…。オレはまだ水原のことが諦められない。でもオレは水原から既読スルーされるほどに嫌われてしまった。どうしたらいいんだー。」とあれこれと悩んでいると、誰かが和也の部屋を訪ねてきた。

 

-ピンポーン-

「和也いる? あれ? 留守かなぁ」どうやら瑠夏が来たようだ。

「オレはここにいるよ」と返事をしようとした。『あれ? ちゃんと声が出てる? 肺魚って喋れるのか? あっ、でも声はオレの声だ。」

「いるならここ開けてよ。受験とかあるし、今は勉強しなきゃいけない状況だけど、LINEしても未読のままだし、心配になって思わず和也のところに来ちゃった」と部屋の外から瑠夏の声が聞こえる。

「今明けるからちょっと待って」と返事したものの、和也は水槽から出ることができない。

「和也―どうしちゃったの?」と瑠夏が心配そうに叫んでいる。和也はとりあえず「今ちょっと手が離せなくて、これから開けるからもう少し待ってて」と返事をした。しばらくすると今度は部屋の外から別の人の声が聞こえてきた。

「お、瑠夏殿どうしたんじゃ?」

「最近LINEしても未読のままだし、心配になって和也君の様子を見に来たんです」

瑠夏ともう一人の女性の会話が聞こえる。もう一人の女性の声の主は和也の祖母 和(なごみ)だ。二人の会話は続く。

「そうじゃったのか。ワシは和也のためにパンプキンケーキを作ったから届けに来たんじゃ。和也はおらんのか?」

「部屋から返事が聞こえたんですけど、なかなか開けてくれなくて……」

「合鍵もっておるからワシが開けよう。和也、開けるぞ」と和(なごみ)と瑠夏が部屋に入ってきた。しかし和也はどこにもいない。

「あれ、さっき部屋から声が聞こえたのに…」と瑠夏は不思議そうにしている。

「オレはここだよ」と和也の声が聞こえてきた方を見つめると、そこには水槽あった。和也の声の主は肺魚だった。二人は仰天した。

「朝起きたら肺魚になってたんだ。オレにもなにがなんだかわからないんだ」と今の状況を説明した。

「千鶴姫はどうしたんじゃ?千鶴姫はこのことをしっておるのか?」との質問に対し和也は「千鶴は今アルバイト中で、このことは知らない」と答えた。三人(実際には一匹と二人)はこの状況が呑み込めず、困惑している。

「このまま放っておくわけにもいかんし、どうにかせんと…」と和(なごみ)がつぶやいている。肺魚(和也)と熱帯魚たちは和商店で面倒をみることになった。

「あ、千鶴へは私からLINEしておきます。これから毎日、和也さんの様子を見に和商店に行きます。」と瑠夏が言って去っていった。

 

数時間後、千鶴が慌てて和商店にやってきた。

「和也さんのこと瑠夏ちゃんから聞きました。魚になっちゃったって…。瑠夏ちゃんのいたずらかもしれないとも思ったんですが、いったいどういうことでしょうか???」

「千鶴姫、これを見てくれ。これが和也なんじゃ」と肺魚を指さした。

「水原―。オレだよー。朝起きたらこんな姿になってたんだ。」と肺魚がしゃべっている。千鶴は戸惑っている。

「千鶴姫も困惑していると思うが、ワシらも同じなんじゃ。これかも時々和也に会いに来てくれんか。」と和(なごみ)が千鶴に頼み、千鶴はそれを了承した。

『やった。水原がオレに会いに来てくれるんだ。LINE既読スルーされて、水原に嫌われたんじゃないかって思ったけど、そうじゃないかもしれない。良かった』と和也はこの状況に困惑しつつも千鶴がこれから時々会いに来てくれることを内心喜んだ。しかしその後、千鶴は和也のところには現れなかった。和(なごみ)へは「祖母(小百合、故人)の遺品整理やアルバイトが忙しくてなかなか顔を出せず、すいません。」と連絡があったらしい。

『時々会いに来るって言ってくれたけど、あれは ばあちゃんをがっかりさせないために言っただけで、やっぱりオレ、水原に嫌われてるんじゃないか。』と和也は思い悩んだ。一方、その間も瑠夏は受験勉強の合間に頻繁に和也のもとを訪れ、和也と会話しエサを与えてくれていた。

『オレ今まで瑠夏ちゃんにたいしたことしてないし、瑠夏ちゃんから避けようとしたり、一方的に別れようとしたり、ひどいこともしてきたのに…。ありがとう。』と和也は内心で瑠夏に対するお詫びの気持ちと感謝の気持ちが混在した。

 

年が明け、1月中旬が過ぎたある日、和也は瑠夏に対し「瑠夏ちゃんが毎日来てくれることには感謝してる。でも、オレは今でも水原が好きなんだ。面倒を見てくれるからといって、瑠夏ちゃんのことを好きなったりすることはないと思う。だからもうこれからはここには来なくていいよ。」と言った。それに対し「私が好きでやってるんだからいいんです」とやや悲しそうな表情で答え、その日はエサだけ与えて早々に帰った。しかし、その翌日からはいつも通りエサを持って和商店にやってきて、和也と会話をしていった。

 

和也が肺魚になってから2か月以上千鶴から音沙汰がない状態が続き、和也は不安と不満でいっぱいになり、苛立っていた。最近は瑠夏の話も上の空でほとんど頭に入っていない。この日和也は瑠夏に対し「瑠夏ちゃんが来るのは、はっきり言って迷惑だし、ムカつくんだ。だからもうこれ以上来ないでくれ。」と言ってしまった。それに対し瑠夏は無言で非常に悲しそうな表情をしながら、エサだけ与えて早々に帰った。それ日以降瑠夏は和也の下に来なくなった。しかし、瑠夏が来ないとエサをくれる人も会話してくれる人もいない。和也の祖母と両親は和商店の仕事で忙しく、肺魚(和也)や熱帯魚たちの面倒を瑠夏に任せきりにしていた。和也は空腹と寂しさでいっぱいになった。和也は空腹で動けなくなり、悲観的な思考をするようになってきた。

『オレはもうだめかもしれない。オレなんで瑠夏ちゃんにあんなひどいことを行ってしまったんだろう…。今まで面倒を見てくれてありがとう。それから、肺魚たち、失恋したショックで放置していてごめん。お前たちも空腹でこんなにつらかったんだな。うぅぅ…』

和也は泣きながら、内心で瑠夏への感謝と謝罪、ペットたちへの謝罪を述べた。和也がおろおろしていると、レインボースネークヘッドたちが和也(肺魚)の方を見ている。『こうなったのはお前のせいだ。お前がリボンの子にあんなことを言ったりしたから、こんなことになったんだ。』とレインボースネークヘッドたちはそう訴えるようなまなざしを向けている。『今まで同じ水槽で同じ釜の飯を食う仲だし、お前のことを仲間だと思っている。でも、生き物は食べていかなければ生きていけないんだ。背に腹は代えられない。すまないが、お前ここのみんなの食料になってくれ』とレインボースネークヘッドたちが和也(肺魚)に訴えた。口をパクパクとさせながらレインボースネークヘッドたちが近づいてくる。

『うわぁ。まってくれ。オレを食べてもおいしくない。オレを食べないでくれ。うわぁ、食われる!』

-ガブリ、むしゃむしゃ。ガブリ、もぐもぐ-

『あっ…………………………』

『オレ、食われた…………………………』

(終わり)

  

 

「オレ、自分のペットたちのエサになって食われ……………。うわぁぁぁー」と和也は叫びながら目が覚めた。終わったのは和也の生命ではなく、彼の夢だった。『なんだ、夢オチか。よかった。でも、オレが瑠夏ちゃんに失礼な態度を取ってきたのは確かだし、それでもオレを心配して献身的に部屋に来ている。そのことには感謝している。でも今でもまだ水原のことが好きだし、どうすべきかまだよくわからないけど、瑠夏ちゃんが不幸にならないように、瑠夏ちゃんを傷つけないように、ちゃんと終わらせなくちゃいけないって思っている。だからもう少し待って欲しい。』

『それから、肺魚たち、失恋したショックで今まで放置していてごめん。失恋モードで何もする気が起きないけど、お前たちへのエサだけは毎日必ずやる! 肺魚たち、この数日の間すまねぇ!』

と夢での出来事きっかけとなって、これまでの瑠夏への態度とこの数日の自分の行動を反省した。

 

和也の瑠夏への今回の態度については否定的な意見もあろう。瑠夏の行動は見返りを求めたものではなく、和也への好意によるものである。しかし、相手がその善意を望まない場合もある(いわゆる有難迷惑とかお節介と言われる行為である)。その善意が迷惑であれば、相手にそのように伝えることも大事かもしれない。しかし、本当に相手のためになる行為であって、そのことに当人が気づいていないだけというケースもある。「迷惑だからもう構わないで欲しい」と本人に伝え、あきらめさせることで和也が敢えて悪者となって、瑠夏には新しい道を進んでもらう、というケースもある。「迷惑だからもう構わないで欲しい」と断る行為そのものが悪いわけではないケースもあるが、今回肺魚和也は敢えて悪者になるという意図はなっかた。肺魚和也は、双方の言い分を瑠夏と話し合うべきだった。

人間同士の問題は話し合うことで解決することもできるが、ペットたちとは話し合いで解決することはできない。今回の夢がきっかけととなって和也はペットへの対応を改め、和也は肺魚たちへのエサは毎日欠かさずやり始めた。瑠夏との件は今後の課題である。

和也が熱帯魚たちにエサをやり始めた日、肺魚が一寸ニヤリとした表情で和也を見つめた…。

終わり

 

 

-エピローグ-

和也はまだ失恋モードから抜け出せず無気力なままである。それから3か月たったある日、和也の部屋を一人の女性が訪問した。和也が部屋を開けると、そこにはヒンズースクワットをしながら、隣人の八重森が立っていた。この八重森の訪問が失恋モードからの脱出のきっかけだった。

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瑠夏は和也に一方的に好意を寄せ、積極的にアプローチしており、それが和也にとって迷惑かもしれないと書いたが、「瑠夏ちゃんは良い子だし、将来幸せになって欲しい」というのが著者の願いである。

-以上-

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